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Wo ein Wille ist, da ist auch ein Weg.
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その未来は、今

もし、この繋がりがなければ出会っていなかったんだね、と
不思議な縁を紐解いて、感動した。
オープンな人間関係は、豊かな繋がりを生み出してくれるなぁと思った瞬間。

毎年恒例になりつつある、我が家のホームパーティ、
今年のメインは友人の結婚お披露目&お祝い

お喋りも、料理もワインも、おなかいっぱい。
はじめまして も いつもウェルカムでいてくれる素敵な友人たちに、ほんと感謝
幸せな時間でした。

別々の場所で生きてきた2人が、
出会って、恋をして、
こうやって2人の時間を築いていくんだなぁと、
寄り添う2人のその「未来」は今なんだなぁと。

お幸せに
そしてこれからもよろしく

 

- Today's Menu -

*アボカドとクリームチーズのおかか和え
*プチトマトのハニーマリネ
*スティック野菜のアンチョビガーリックソース
*彩りサラダ
*ガーリック明太フランス
*トルティーヤ・デ・パタタ(スペインオムレツ)
*とり肉のトマトソース煮込み
*ニョッキ 自家製ジェノベーゼソース
*海鮮パエリヤ
*レアチーズケーキ “よねちゃんのマーマレード” 添え
*スペイン土産のサラミ、チーズ、生ハム

14.May.2011

posted by ばなななセブン | 03:49 | 芙蓉のひと | comments(6) | trackbacks(0) |
残されたもの
“何であの人、あんなところで写真になって飾られたはんのやろ?”

お通夜の夜、祖母の妹であるその人が、
放心したように呟きながら祭壇を見つめてた。
そこにいる全員の、胸の内を吐露したようなセリフやった。

時折そのことを、思い出す。


彼女がいなくなっても世界は何も変わりはせず、
同じように毎日は繰り返し、
私だって誰だって、日常を生きるのに一生懸命で、
ただ匂いだけが、どんどん消えていってしまうかのよう。

いつか私もここを離れ、
彼女とその夫がもう何十年、住み処としたこの部屋も失われてしまう。
そうしてまた少し、寂しい想いを抱くかも知れない。

心に立った波風を持て余しながら、
引いては返しまた打ち寄せる波に思いを致す。

悲しみに暮れたり、思い出に笑みをこぼしたり、そうしてまた励まされたり、
多分誰もが、そんなふうに少しずつ癒されてまた今日を「生きて」いく。

私たちが彼女から残されたものは、
家でもお金でもなく、その人その生き様やったんやと私は信じて疑わない。

“大切なものは、目にはみえない”という。
不平や不満を言わない背中を、私は尊敬していた。
大正、昭和、平成という3つもの時代を生き抜いてきた彼女の、
他人に対する“優しさ”と“思いやり”を、尊敬していた。



posted by | 09:40 | 芙蓉のひと | comments(0) | trackbacks(0) |
枠のない人
社会人として働いていく上で大事なことは、“情熱と愛情やで”とその人は言った。
愛情とは“思いやりのこと”やとも。
そんな言葉を、ちょっと胸に落としてみる。

私より4つ年上というだけのその人は、バイトを始めた1年半ほど前から、
仲良くしてもらっている会社の先輩で、(飲み友達?笑)
大雑把?に言えば、いわゆる“社会のジョーシキ”なんか くそくらえ って人なのだ。

大学を1年で休学し、2週間のステイ先だけ伝手を頼ってアメリカへ飛ぶ。
そこから自分で人のつながりつくって1年の滞在生活。
帰国後は大学を辞めて東京へ。
自分で起業もすれば、24歳で1000万の借金背負ってどん底味わったこともあるとか。

見事にベンチャー気質なお人なので、敵(?)をつくることも容易に想像できるけど、
肩書きではなく、自分を武器にネットワークを広げていく。
そうして同じくらいもしくはそれ以上に、「味方」をつくってしまえる人。

「自分の力でのし上がってやる」って野心があるけれど、
「人間ひとりでは生きてけへんもん」って口癖のように言うその人が、
人とのつながりを大事にしてるんやって私はよくわかる。
「約束破るのが怖いだけやで」って言うけど、それって結構大事やん。

仕事でてんてこまいの姿と、二日酔いの姿はよく見るけど笑、
結構ワガママ出勤している私に怒ったこともなければ、
拗ねちゃうようなハプニングにもポジティブな対応をする。
彼の上司が言うには、
彼の仕事はさわやかで気持ちいいって、クライアントから評価高いんだそうな。

4月から2つの会社を立ち上げ、NPOでは2つの理事、
現会社の所員っちゅう5つもの顔を持つという多忙っぷり。
常に全力投球な彼にはいやー、ほんま圧倒されるけど、
現状への満足度を聞いたところ、20%って答えが返ってきた。

自分は、一般的な常識なんかそっちのけでこの6年やってきたつもりで、
だけど“社会に迎合”なんてえらそーに言っておいて、
動揺するようなことがあればいとも簡単に混乱してしまう。

彼の言うことは、相変わらずトンデモナク、いや潔く、でもはちゃめちゃで無謀。
まぁここには敢えて書かんけど、でもさ、
でもほんとーはそんな風に“シンプル”なんかもしれん。
ただただ突っ走る勇気は今の私にはないけど、
でもやっぱり、まだまだ色んな捉われの中で生きてるからさ。
もっと、「枠のない人間」で私もいたいです。


posted by | 00:35 | 芙蓉のひと | comments(2) | trackbacks(0) |
友と、友の父の死によせて
わが友人の言葉を借りるのであれば、

いわゆる“はっとさせられる瞬き”というのはもう幾度もあって、
“これが共有することなんか”
“これが共に歩くということなんか”

と、私も思うわけだ。



描く自分であろうとするこころ。
大切と感じるものを貫こうとする姿勢。
守るべきものを知っている潔さ。
他人の言葉を、深く、他人以上に汲み取り、自身に結びつけようとする力。

自分の足で、スピードで、歩くということ。

見えないフィルターをかけているのは自分自身で、
それを実践していくことは、
生きていくことは、
もっとこう、シンプルなんじゃないかと背を正されるような瞬間がある。

人は誰も死ぬときはひとりで、それは孤独で、
だけどやっぱり、
私の位置からみていても、
あんたのおとーさん、幸せやったと思うよ。

そう、思うな。

星野道夫さんの言葉を思い出した。

僕が若い人たちに伝えたいこと、
それはなるべく早い時期に、
人間の一生(又は自分の一生)がいかに短いものかを感じとってほしいということだ。
日々を生きる中、
また将来を考える時、
生と死の接点という感覚を持ち続けてほしいということだ。
それは悲しいことでも何でもない。
自分の持ち時間が限られていることを本当に理解した時、
それは生きる大きなパワーに転化する可能性を秘めている。
たった一度のかけがえのない一生をどのように生きてゆくのか、
真剣に考えざるを得なくなるからである。




生かされてるもんは、“生きて”いかんとね。
シェアさしてもらったもんも、そう強く心に約束する。






posted by | 16:34 | 芙蓉のひと | comments(1) | trackbacks(0) |
peace maker


久しぶりに会った彼女は相変わらずで、ピッカピッカと光ってみえた。
長いようでアッいう間の1年間、東ティモールという地で過ごした相棒が、帰ってきた。

絡まった記憶の糸を解きほぐす様に、言葉を選んで喋る彼女は、
何度も、“本当に行ってよかった”と呟いた。

揉まれて、傷ついて、泣いて、また立ち上がって、
そうやって自分のみてきたこと、してきたこと、出会ってきた人々のことを、
少しでも多くの人に伝えていきたい、と彼女は言った。

聞けばなんとなく、なんとなーく、想像できるような世界や話も、
その荒波に飛び込んでみないと理解し得ないことがこの世には溢れていて、
やっぱすごいわ、って普通に尊敬する。

よりよく生きていくための、わたしたちは“ピースメーカー”なんやと彼女は言った。
それは、どんな場所にいてもそうあれるものやって。
そんな言葉を、よく理解できる気がする。

勇気や、踏み出す一歩や、素直に言える言葉をきっと誰もが持っていて、
そうして“世界はそんなに、クソッタレじゃない”と思えたりする。

再会は、当たり前の日常のような瞬間やったけど、
溌剌とした表情にたくましさがみてとれた。

話聞いてたら胸いっぱいで、気の利いた何も言えなかったけど、
また声を聞かせて、おかえり相棒よ。




posted by | 00:03 | 芙蓉のひと | comments(0) | trackbacks(0) |
おばーちゃんと暮らす
1月頭から、市内のおばーちゃんちに居候中の私。

ひとり暮らしって自由気ままで楽チンぽん、なところがあるけど、
誰かを思いやって、時間や歩調をあわせたりすることも 悪くない、と思う。

というのも、うちのおばーちゃん、とっても忍耐強く、
働き者のしっかりさんで、学び得るところが非常に多いせいかもしれない。
まったく干渉をしないばーちゃんは、本当によくデキた人だと思う。

祖母は、助産師であった。
現役を退いてからも、助産師会の一員として勉強会や何やと出かけて行く。
そして長く勤めた医院には、今も週に何度か数時間の勤務をしている。

また10年程前から続けている、毎朝1時間ほどの歩きも欠かさない。
仲間も多く、カラオケに出かけたりするという都会的な一面も持つ。
精力的な姿には、驚かされることが多い。

朝は早く起き、お決まりのトーストとコーヒー、パイプで煙草をくゆらせる。
かっこいいな・・・

不平や弱音を吐かない、頑固な側面は時折心配のタネにもなるけれど、
そのたくましさでまだまだ元気によろしくやっていて欲しいと願う。

忙しさにかまけがちな私も、
せめて毎日、苦いお茶をすする相手でいたい。


posted by | 00:58 | 芙蓉のひと | comments(3) | trackbacks(0) |
大人になる
ドイツでの生活が、5ヶ月目に入った。
その地に住む、そこで生活をすると、旅行とは違う様々な問題が伴う。
その度、言葉の壁を強く感じる。
それは私が自身で体験したいとのぞんだことであり、
そしてまた当然に、私をひどく悩ませるものでもある。

私が日頃抱えている問題のひとつ。
それは体の痛みではなくて、それによって体と心のバランスが不安定になること。
誰かにそれを言ったところで、何も変わらない。
そんなのわかってるから、言わない。
弱音をはきたくない、ずっとそう思っている。

でも、
「いつまで子供じみたこと言ってんの?」
この夏言われた、ひどく心に残っている言葉がある。

何か問題にぶち当たるたび、勝手がわからずとも言葉が通じずとも、
ここでは自分で何とかするしかなく、へこんでなんていられない。
でもそれは本当は日本でも、きっと同じことなんだろう。
いつも誰かに助けられている、支えられている、守られている。
そのことに改めて気付く。

“しんどいと口にすることは弱音じゃなくて、そうじゃなくて、
結局そうやって、自分がダメになってしまうことの方が弱音なんじゃないの?
自分は自分でしかコントロールできないんやから、無理はするな”

いつも完璧でありたいと思ってるけど、“完璧”って何や?
私のくだらないプライドなんて、一体どんな意味があるんやろう?
体と心は切り離せないし、自分でつき合っていくしかないと知っている。

それはどんな時にも通じるもので、
出発前にもある先輩に、似たようなことを言われたなぁと思い出す。

弱音をはいた自分が嫌になる、なんてちっぽけな私がもらったのは、
そんな優しさの詰まった言葉やった。

“大人になる”っていつだって、完璧で、失敗も恐れもなく、強く、
きれいに生きていくことなんてできないと、
ちゃんと知ることかもしれん
わかってる筈やのに、今更そんなこと思う。

"誰が何を抱えているかなんてわからない
誰が何に縛られているかなんてわからない
それを知ったところで何になるかもわからない
どうせ離れて生きてくんやけど"

依存するわけではなくてただ、その痛みや迷いをわけあえたなら。
寄り添って生きていけたなら、そんな風には思うのです。

自分が苦労したぶん、心痛んだぶん、助けてもらった分、
私はただ、
ひとに優しくなりたいと。






posted by | 19:42 | 芙蓉のひと | comments(3) | trackbacks(0) |
縁あって
友人が「会って欲しい人がいるねん〜」とくれたきっかけで、新たな出会い。

「普段からこんな話ばっかりしてるわけじゃないねんでー」って言いながら、

彼は教育に対する熱い思いや、活動の話を、ほんの一部なんやろうけど聞かせてくれた。


何よりも刺激になったのは、彼のポジティブさ。

自分が‘義憤’を感じることに対して追求する姿勢と行動力。

わくわく。楽しむ心。


与えられた環境の中でどれだけ自分が成長できるか、は自分次第やと思う。

何かをしなければならない とか これをやりなさいよー なんて言ってくれる人はいない。

生かすも殺すも、全ては自分次第。

大学3年目にして今更、そんなことを思う。


気持ちと体が一致しない、これはあたしが大学生活で抱えてきた一番の悩み。

どれだけの気持ちと環境があっても、体がついてこないという事実。

諦めたり、妥協したり、くやしい思いをすることも多かった。

そうしてあたしは、ついネガティブ思考に陥る癖がある。

だけどそうやって言い訳するのも自分、

そこでふんばるのも自分なんやな。


いくら雄弁をふるっても、行動が伴ってなければ説得力はない。

逆境においてこそやりがいを感じられると言った彼のように、

あたしも向上心を持って進んでいきたいと思った。

う〜ん、今日は楽しかった。

とっても刺激を受けたよ。
posted by | 04:12 | 芙蓉のひと | comments(0) | trackbacks(0) |
憧れと尊敬
あんな風になりたい、

この人に近づきたい、


そう思える人がいるということは大きい、と思う。


憧れたり、尊敬するほど、


その遠さと自分の未熟さに落ち込んだりもするけど、

自分を卑下しないで生きていてけるようになりたい。

強くなりたい、とずっとずっと思っている。

完璧を求めてしまう自分の理想と、現実との葛藤。


ほんとは弱くてちっぽけな私。

目の前にあるものをちゃんと大切にしたい。

そして、思ったこと感じたことを、そのときその場面で必要な人に、ただ伝えたい。

それも周りから教えられたこと。


友人と二人東京・名古屋へ赴き、先輩たちに再会してきた。

違う場所異なる環境の中で、それぞれパワフルに当然のように頑張ってる姿を、

ただただ見てた。

先輩たちはみんないつだって、バカできるユーモアと情熱を忘れない。

みんな、“自分はまだまだや”って言ってた。


あっという間の4日間が過ぎ、京都に戻ればいつもと同じ日常が待っていて、

時間だけが確実に流れ、刻一刻と変化し続ける。


またやってくる留学生を、迎えるボランティアの仲間たち、

就職活動に奔走しながらも、日々のドキドキわくわくを忘れない友人、

遠く離れていても、会えば話の尽きない高校時代のクラスメイト、

卒業を迎え、新しい生活を始める先輩たち、

出国を目前に一歩、また一歩進む相棒、

帰国前も帰国後も、変わらぬ誠実な言葉をくれる大切な友、


そこに憧れと尊敬があるから、私も近づきたいと思う。


誰かと比べたり、誰かを羨んだり、そうすることで自分を貶めるんじゃなくて、

私は素直になりたい。優しくなりたい。

丁寧に生きていたい。

自分のいいとこもやなとこも肯定できるようになりたい。


今はただ、そんなこと思う。







生きていて よかった

生かされてきて よかった

あなたに めぐり 逢えたから




みつを

posted by | 12:59 | 芙蓉のひと | comments(0) | trackbacks(0) |