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Wo ein Wille ist, da ist auch ein Weg.
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ten years

“10年ぶり、28歳になった彼女と涙の再会をしたの”
久しぶりに会う席で、その人はキラキラした瞳でそう語ってくれた。

10年前、ボランティアで受け入れたオーストラリアからの留学生。
目一杯けんかして、彼女が帰国したときは、彼女の使っていたお皿をしまいこんでしまうほど、
顔を見るのも嫌になっていたから、せいせいした気分だった。

だけど10年越しに日本を訪れ、再会を果たした彼女は、
“ママ ごめんなさい あのときの私 ひどかったね” と
かつての自らのふるまいを泣いて謝ったそう。

当時、彼女にとっての“ママ”だったその人は、「お互いに子どもだったのね」と言って笑った。

振り返ってみれば短いようで、10年とはなんて長い時間やろう。
笑ってすべて“ちゃら”にしてしまえるには、それほどの時間がかかるのだ。
でもその10年が、その人の人生をより深く豊かにしてくれたと想像する。

懸命に向き合っては衝突し、自らの選択や善意を疑うような瞬間が、
ひょっとしたらあったかもしれない。
自分の一生懸命は、いつも相手に伝わるとは限らないし、
相手の過ちや未熟さをすべて許容できるほど 人はいつも完璧ではない。
間違ったり、悔いたり、許したり、同じように許されたり、
全力であればあるほど そんなことの繰り返しで。

学生時代の大半、寝る間を惜しんで奔走し、時間を費やした活動を通じて、
何かできただろうかと問い、何もできなかったような気もし、
それでもきっと意味あることと頭を悩ませていた日々。

その人の再会の逸話を聞いて胸がつまり、
勝手にも少し救われたような気がした。

こうして顔をあわせてみれば、抱えている問題は浮上し、悩みは尽きない。
だけどこれまで何十年と続き、その思いを引き継ぐ人がいるからこそ、
活動は続いていく。
現役を離れ、形は変わっても、いつもどこにいても、
ひとりの“peace maker”でありたい。

10年後、懸命に向き合う「今」を振り返り、私たち何を思うんだろう。

活動の枠を超えて今もおつき合いを続けている社会の大先輩方、
初めてお会いした現役の社会人・学生ボランティアの方々、同世代で活動していた仲間たち。
素敵な時間を共有させてくださって本当にありがとうございました!






posted by ばなななセブン | 08:43 | 優しい追憶 | comments(2) | trackbacks(0) |
5月も終わりの神戸の夜に
彼らのライブでは、定番のひとつであるという 「イノセントワールド」
ファンの間では通称 “イノワー” と呼ばれるその曲は、
確か私が小学校5年生か6年生のころに大ヒットしていたもので、
私が彼らの音楽を聴くようになったのも、 クロスロード だか イノワー だか、
とにかくその頃だった。

あれからもう、15年近くの時が過ぎ、今年ようやくライブ初参戦 。
MR.CHILDREN TOUR ’09 “終末のコンフィデンスソングス”
コールドプレイに続いて2度目の神戸ワールド記念ホール。
しかもツアーファイナル日。

始まる前から、感極まって泣きそうってな気分で、
始まってしまえばもう、何て言えばいいのか・・・正直、筆舌に尽くせないとしか。

こんないい曲やっけ?と再認識した ‘USEFUL DAYS’ に、
まさか生で聴けるとは思ってなかった ‘車の中で隠れてキスをしよう’
‘つよがり’ と ‘風と星とメビウスの輪’ にはこっそり泣かされ、
絶対やって欲しかった ‘フェイク’ ではプロモーション映像に、
‘掌’ ではライブアレンジに心底感動した。

当然ニューアルバム引っさげてのツアーなので、
‘HANABI’ とか ‘GIFT’ とか、人気を博した ‘エソラ’ も・・・
個人的に好きな ‘少年’ はアンコール1曲目に。
「全部知ってる曲やから大丈夫やって」
始まる前、2夜連チャンの兄が隣でそう言って、
これだけ続いてるバンドで知らない曲がないってことにふと気づく。
改めて長いこと、ファンやってんやなーと。

トレードマークみたいなあのくしゃくしゃの笑みをたたえて、桜井君が言った。
「今が一番楽しい!過去がダメだったとかじゃないけど、
バージョンアップした今が一番好き!」
そういう風に年を重ねてきたってことかー。

活動休止や、桜井君の病もあったし、
時を経て彼らの音楽は進化し続けてきた。
何かがふっきれたようなここ最近の彼らの音楽。
そうして今、“あのころ”の歌も歌える。
あー・・・ 素敵すぎる。

今が一番いい状態やって言い切れる。
あこがれてきたあなたにやっと今、会えて私は嬉しかった。

何しろ初めてだったもんで、アリーナにこだます‘イノワー’大合唱に包まれながら、
色んな想いがうずまいてた。

自由奔放なジェーンも、
クールな中川さんや田原さんも、
まとめ役の桜井君も、
ミスターチルドレンにこの人有りの小林武史という人も、
やっぱり本当にすごい、と思った。

多分これからも、これまでと同じように
彼らの曲にシンクロしたり気づかされたり、感動し、励まされたり支えられたりするんやろう。

満ち足りた時をありがとう。
感激したし、感動した。

また彼らとその音楽に、きっと会いに行きたい♪


 やがて音楽は鳴りやむと分かってて
 それでも僕らは今日を踊り続けてる
 忘れないために
 記憶から消すために
 OH ROCK ME BABY TONIGHT
 また新しいステップを踏むんだ




posted by | 22:42 | 優しい追憶 | comments(2) | trackbacks(0) |
わたしがロックを好きなわけ
ふと、思い出したように引っ張り出した。
U2の “ALL THAT YOU CAN'T LEAVE BEHIND”
高校生の頃、洋楽ロックを聴き始めた。
気になる後ろの席の彼と共通の話題が欲しかったのか、
単純にギターサウンドやエイトビートへの興味が先立ったのか、よく覚えてない。

いづれにせよ、その子から借りて知った音楽の中で、
すっかりファンになってしまったのが、フーファイターズとU2。
先に掲げたアルバムは、とにかくベタ惚れして、繰り返し聴いてたもんやから、
気づけば、母親までそのメロディーを覚えてしまってた。

あの頃は、英語の勉強も兼ねて意味を掴み取ろうと懸命になったりしてたから、
メッセージ性の高いことで知られる彼らの音楽にふれ、
ロックてすごい!なんて密かに感動したりなんかしてた。
こんなに優しい音楽なんかー、とも。

音楽が心を開放してくれることがあると思う。
本当はちっぽけで孤独なひとの魂を、救ったり寄り添わせたりすることがあると思う。

先日のCOLDPLAYのコンサートでも思ったけど、
音楽を通して自己表現している彼らに、
何か自分の内面がシンクロするから、音楽って人に届くんじゃないのかなー?

聴きなれた筈のその音楽が、時を越えて私の胸を打つ。




Stuck In a Moment You Can't Get Out Of


I'm not afraid of anything in this world
There's nothing you can throw at me that I haven't already heard
I'm just trying to find a decent melody
A song that I can sing in my own company

I never thought you were a fool
But darling, look at you
You gotta stand up straight, carry your own weight
These tears are going nowhere, baby

You've got to get yourself together
You've got stuck in a moment and now you can't get out of it
Don't say that later will be better now you're stuck in a moment
And you can't get out of it

I will not forsake, the colors that you bring
But the nights you filled with fireworks
They left you with nothing
I am still enchanted by the light you brought to me
I listen through your ears, and through your eyes I can see

And you are such a fool
To worry like you do
I know it's tough, and you can never get enough
Of what you don't really need now ... my oh my

You've got to get yourself together
You've got stuck in a moment and you can't get out of it
Oh love look at you now
You've got yourself stuck in a moment and you can't get out of it

I was unconscious, half asleep
The water is warm till you discover how deep
I wasn't jumping for me it was a fall
It's a long way down to nothing at all

You've got to get yourself together
You've got stuck in a moment and you can't get out of it
Don't say that later will be better now
You're stuck in a moment and you can't get out of it

And if the night runs over
And if the day won't last
And if our way should falter
Along the stony pass

And if the night runs over
And if the day won't last
And if your way should falter
Along the stony pass
It's just a moment
This time will pass

posted by | 23:31 | 優しい追憶 | comments(1) | trackbacks(0) |
ジェンダーアクティビスト、優雅にお茶を淹れる
※注意※ タイトルと記事に関連性は特にありません。

“君がとりわけ関心のある歴史や問題意識というものは、
 それが具体的に何かに繋がるものかはわからないが、君自身の‘教養’となる。
 ‘教養’とはつまり、
 君がたとえば母親になったとき、
 子どもを育てるときなんかに、
 どんなことを、どんな風に伝えていけるか、
 という土台になるんじゃないかな”

社会人になってから、かつての恩師(ゼミの教授)を訪ねた際、先生はそう言った。

“やっぱり、一生勉強し続けてたいって思うんです。
 でも、そういう学びたいという知識欲って、一体どこに行き着くんでしょうね?”

そう口にした私に、少し間をおいての回答やった。

実は学生時代、私は “統一ドイツの法変動と国家アイデンティティ”
なんていう壮大でコアな研究テーマを掲げていて、
とりわけドイツの戦後史なんていう分野に頭を突っ込んでいたために、
いわゆる文系学生が陥りそうな疑問に捉われていた。

だけど確かに、
身につけた‘教養’とは、そういうみえないところ、
つまり個人の価値観や判断力、そういうところに、
豊かさや深みを与えてくれるように思う。

‘教養’とは机に向かう勉強や、文献を読みあさることから学ぶものがすべてではないけど、
私は小さい頃から「本の虫」といわれるほど読書一家に育った。
「本」と、そして「映画」がとても身近にあった。
それらは新しい世界を知ったり、想像力や考える力を養う手段として大いに役立ってくれたし、
そうやって育った環境は、今の私にも随分と影響を与えていると思う。

後者について、私は一般人の3倍はまず見ている気がするけど、
前者については、まわりにもかなり読書家が多い。
そして本をよく読んでいる人は、単に博識というだけでなく、
それらをものさしに、個々の考えや価値観を明確にすることに長けているように思う。

学生生活に比べると、なかなかまとまった時間も取りづらくなるけど、
サラリー生活のわずかな時間を縫って、やっぱり知識に対して貪欲でありたいなぁと思う。

というわけで、友人に倣って決意表明。
今年は本を読むぞー!
そして映画を見ます。
で、できるだけきちんと記録を残したい。

月間目標を決めるといいみたいなので・・・
手始めはそれぞれ5本ということで。
おすすめの本や映画がある人、ぜひご一報を!



posted by | 23:46 | 優しい追憶 | comments(2) | trackbacks(0) |
ずっとトモダチ♪
2008年、“年忘れキマグレドライブ”
ってなわけで、行ってきました比叡山ドライブウェイ。
無計画なのに何故か集まるのはいつもの面子。

いつものとーり、予定は未定、適当に〜てなノリで集合し、
“ビミョーに、ちゃんと行ったことないよね?比叡山とか、行っちゃう?”
というわけで勢いレンタカー。
高安並んで京都ラーメン。

山頂目指す途中にあった、ちびっこ広場的な公園でいやーもう大騒ぎ大撮影会。サイコー
うちらやっぱ、天才?



延暦寺に足を運び、
琵琶湖眺めて感嘆・・・きれー
Very Berry Cafeでほっこりお茶がてら近況報告会。

時は流れ、気づけばみな社会人。
1年に、数えるほどしか会えなくなってしまったというのに、
顔合わせれば絶妙なかけあい。
さすが、ですね
(約1名、国外逃亡してましたけど)

「学生時代の友達は、永遠の宝物」
いつか、とある人にもらった言葉を思い出す。

声を大に伝えたいHappyなできごとや、
行き場のない胸の内や悲しみも、
その時々、すべてすべてわけあえるような時は過ぎてしまい、
そうやってどうせまた、すぐに離れてしまうんやけどさ。

環境が変わっても、いくつになっても、
節目には顔つきあわせて、笑いあいたい。

ユーモア忘れずバカできる素敵な仲間たち。
またやりましょ





ずっとトモダチ だが時はたち
離れた街と町で別々の道
選んだりRandamされた人生を
共に生きてる君に幸あれ♪


 
posted by | 23:02 | 優しい追憶 | comments(1) | trackbacks(0) |
マリッジリングの逸話
祖母の形見にと、指輪を譲り受けた。

そんなことから指輪にまつわるこんな話を、母親から聞かされることになる。

 共に生きていくことを決めたとき、貧しかったふたりは、指輪の交換をしないことに決めた。
 いわゆる、‘マリッジリング’というやつのこと。
 かわりに、エンゲージリングの内側に、イニシャルと結婚の日付を入れて式で使うことにした。

 当日、指輪の交換を・・・といわれたとき、 新郎が取り出した赤い箱を見て、花嫁は思った。
 あれ・・・エンゲージリングの箱、紫じゃなかったっけ?

 新郎から花嫁に、なけなしのお金で買ったマリッジリングがそこにあった。

結婚記念日にオールナイトのあじ釣りに出かけるような色気のなさ。
それが、私の両親である。
そんなふたりに、こんなささやかでロマンチックな物語があったなんて。

映画「ALWAYS三丁目の夕日」の、‘いつか買ってあげる指輪’を思い出したりなんかした。
大切な人に、お金をかけて何かを贈りたいと思うのは、そこに愛情があるからやろう。
でも、ブランドもののバッグやティファニーも、
その安物の指輪にこめられた愛情には、到底勝てないなと、私は思った。



posted by | 14:04 | 優しい追憶 | comments(2) | trackbacks(0) |
追憶の日々


“あなたのことをよく思い出すのよ”
散々近況を語り合った後、彼女はそう言った。
“私だって同じ!”
思わず返していた。

スペイン人たちと過ごした2005年の夏、
最も長く同じ時間を過ごした彼女は、今もドイツにいる。

毎晩、行きつけのバーに集まって他愛ない雑談に興じていた私たち。
彼らは気を抜くとすぐスペイン語を喋り出す。
だからことあるごとに私は、
“Hey Bitte, auf Deutsch! (ちょっと、ドイツ語で!)” と言わねばならなかった。

ある夜、例によってそれが飛び交いだしたころ、
何故かその夜は平気で居られなくて、思わずトイレに駆け込んで泣いた。
何か、置いてけぼりにされたような孤独感で。

“言えばいいのよ、ここはドイツなんやから共通語はドイツ語でしょ、って”
“スペイン人ばかりの集団に一人混じって、いつもいつもそう言えると思う?!
 いつも言わないとダメなん?私にはできない!”
追いかけてきた彼女と、激しく言い合いをした。
22歳の誕生日前夜のこと。
情けなくて、さみしくて、どうしようもなかった。

でも、憧れた「陸続きの国境線」の中で暮らす彼らにとって、
異国人は思っているほど「特別」なものではなかったのかもしれない。
別に、使う言葉なんて、何でも良かった。
私という存在が在ることで、共通語はいつも簡単にドイツ語へと変わったし、
私はそれを当然主張すべき場所にいた。

日本に戻った今も、連絡を取ると
“Kayo、次ヨーロッパに来るのはいつ”
“また来るよね?”
とひとことめには聞いてくる彼らに、
おいおい・・・そんな簡単に言うなよと内心突っ込み苦笑する。



垣根なんていつだって簡単に壊せた。
飛び込む情熱と、言える勇気がそこにあれば、世界はぐんと近づいた。
そういうことが幾度もあった。

それが私の、視野と可能性を広げてくれた。


posted by | 22:31 | 優しい追憶 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハビエルのこと
彼の名は Javier = ハビエル。
私たちは彼を “ハビー” と呼んでいた。

3年前の夏、ベルリンの小さな語学学校の教室で出会ったハビーは、
スペインの首都マドリッドからやってきた同い年で、
いや、でも同い年とは思えないいかつい?風貌をしていた 笑
ロングのドレッドヘアがトレードマークの彼は、
Tシャツにネクタイしめちゃうオシャレがよく似合う
ケルンという町から移ってきたばかりの私の、
新しい学校生活への不安は、彼のフレンドリーさによって拭われたといえる。

まるで数年来の知り合いかのように、
“みんな、彼女は日本からやってきたKayoさ”
とわっかに引き入れてくれた彼。
少しも流暢でない私たちのドイツ語会話は、それはそれは稚拙で、
はたからみれば何と滑稽に映ったやろう?

だけど私たちは、くだらないことを言っては大笑いし、クラスはもちろん、
互いの国の文化を紹介したり、踊りに出かけたり、
共に食事をつくったりして、数週間という短い時を過ごした。

彼は当然、誰に対してもそうやった。
つまり、多少は自分たちと明らかに差異のある“アジア人”への、
(いい意味での)興味はあったようやけど、
ムードメーカーたる彼の性格によるところが大きかった。

既に共通項を持った仲の良い(しかもスペイン人だらけの)集団に、
遠慮なく入っていける性質ではまぁなかったので、
そんな時私はひどく彼に感謝したし、
そんなふうに素で気配りできることを純粋に尊敬した。

仕事が始まり、新しい生活の中で毎日誰かしら新しい人に出会うけれど、
先日、同年代の子で同じような気遣いをさりげなくする子に出会い、ふと彼を思い出した。
そういうのって意外と気づかなかったりするものやから、
あー、素敵やなって思う。

周りにいる人がどんな状況にいるのかよくみつめ、
必要なとき、自然に思いやれるような人で自分もいたい。




posted by | 02:28 | 優しい追憶 | comments(2) | trackbacks(0) |
忘れられないチョコクロワッサン
私のことをよくご存知の人は、それはよくよくご承知やと思うけれど、
私は好き嫌いが本当に多い。
特に、市販のお菓子というやつをほとんど食べず、
多くの人が病的に(笑)好きな、チョコレートというやつもあまり得意でなかったり。
そんなうちの冷蔵庫に、なかなか減らない“ヌテラ”というヤツがいる。



ドイツ滞在中のある日、朝まで踊りに出かけた帰り道、うちらあまりに空腹でひもじくて、
駅の売店(どの売店にも大概、焼きたてのパンとコーヒーくらいは置いてある)に立ち寄った。
甘いパンを普段食べない私。例によって敬遠したんやけど、
でも、みんなが食べてみぃ?と言うので、スペイン人の“弟”が買った、
90セントだか1ユーロだかの“チョコクロワッサン”を横からかじる。
それが、もぅ、あまりに私の胃を優しく満たしたもんで笑、
リッコ レサユノ!!(スペイン語で、おいしい朝食)ってうちら大はしゃぎ。

それ以来、私はすっかり“駅でチョコクロワッサン”の虜になってしまった。
そのうちパンに ヌテラ塗って食べるようになった私。
(原産:オーストラリア。ヘーゼルナッツの入ったチョコレートスプレッド)
ホストファミリーのうちでも、クレープ屋でも、露店でも、必ずヌテラが大活躍していて、
私は、旅の友として、バックパックのポケットにいつも持ち歩いてた。

帰国後、ヌテラを見つけると懐かしくて買ってしまうんやけど、
今あれほどハマれないこの甘さ 笑
おかげでそいつ、冷蔵庫でたま〜の出番をいつも待ってる。

昨晩つけっぱなしで寝てしまったメッセンジャーに、
朝起きたら、留学時代一番長く共に過ごした友人から、
“寿司が食べたい”とのメッセージが。
辞書片手に返事のメール打ちながら、久しぶりにヌテラなど引っ張り出した私。

ふとよみがえる優しい追憶、
ただ、ただ、忘れられない日々。


posted by | 10:50 | 優しい追憶 | comments(0) | trackbacks(0) |
旅をする木
人生はからくりに満ちている。
日々の暮らしの中で、無数の人とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。
その根元的な悲しみは、
言いかえれば、
人と人とが出会う限りない不思議さに通じている。


ふってわいた関東行きを急遽、敢行。
友人との再会の一方で、思わぬ出会いがまたここに。

滞在初日、大学時代の友人と鎌倉を散策中、
お昼に立ち寄ったソーセージ&ビアのお店で、偶然相席になったおじさまたち。
鎌倉観光来てみたんだけど、いいとこあるかなー?とおっしゃるので、
“じゃあ・・・ぜひ、今夜横浜であるオクトーバーフェストに!” と、
夜に行くことを決めたばかりの、ドイツ式ビール祭りを勧める私。
“お、いいねー”と普通に受け取ってくれたので、ん?知ってる?と思っていたら、
“実はミュンヘンに仕事で住んでたことがあって・・・”と。
(ドイツのミュンヘンはオクトーバーフェストの本場 )
驚き&コーフンで言葉にならない私たち 笑

実は私たち、昨年共に山口を訪れた際、
ひょんなことから、ドイツで音楽を学んでいるM氏と知り合っていたし、
5月、フランスの友人家族を連れて京都観光した際にも、
私は現在フランス留学中の、とある男の子と知り合ったりしていた。

帰国してから、私が出会う人々は、
不思議と、ドイツやヨーロッパというフィールドに通じていることが多く、
思わぬめぐり逢わせとは、いやー、そうあるべくしてあるのだと、
思わずにおれない、私。
かの地での日々は、それほど私のベースに大きく位置を占めている。

そんな縁から夜、会場で再会した私たちはドイツビアで乾杯。
東京の会社で、上司部下として働いておられるというお二人。
ユーモアで突っ走るかと思えば、垣間見える紳士なふるまい。
ひけらかすわけではなく、自然とみえる人柄のよさは間違いなくて、
仕事に対する誠実さとおふたりの信頼関係に、
24歳の小娘たち、ちょっと感動したりして。

地位もご家庭もあり、社会でいえば大先輩にあたるような人たちが、
同じ目線で接してくれるようなとき、ああ、素敵やなぁって純粋に思う。

東京のことを“江戸”と呼ぶ、自称 “浦和のおっちゃん”が、

“学生時代のお友達は宝物。 ず〜っと大切にしてください。
Hope You fully enjoy staying in rainy Tokyo.
必ずまた一緒に美味しいご飯を食べましょ〜ね”

翌日こんなあたたかいメールを送ってくれた。

きっと触れたところ、踏み出したところから “旅をする木”
人生はからくりに満ちている。







posted by | 16:24 | 優しい追憶 | comments(1) | trackbacks(0) |